大判例

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福岡高等裁判所 昭和31年(う)240号 判決

論旨は、原判決には、判示第二の誘拐の事実について、告訴権者の告訴なくして審理裁判をした違法があるというにある。しかし、およそ、未成年者誘拐罪の保護法益は、被誘拐者である未成年者の自由のみでなく、両親、後見人等の監護者又はこれに代り未成年者に対し、事実上の監護権を有する監督者などの監護権にあるのであつて、未成年者を誘惑して、叙上の監護権を有する者の監督関係を離脱せしめ、不法に自己の実力的支配の下に置くことは、当然に監督者の監護権に対する侵害ということができるから、かゝる監督者は告訴権を有するものと解すべきところ、本件において、未成年者久和ワカエこと、劉順伊を従前から養育、保護して来た久和キワは、まさに同人に対し監護権を有する監督者に該当し、被告人のワカエを誘拐した行為によりその監護権を侵害された者として、告訴権を有するものと認めるを相当とする。

けだし、原審第二回公判調書中、証人久和キワの供述によれば久和キワは、ワカエの叔父と称する朝鮮人柳某から昭和十七、(八)年頃、ワカエの父は死亡し、母は他に男をつくり、ワカエを捨てゝ逃げ、その行方不明であるとのことで、ワカエを引取り、正式の養子縁組こそしなかつたが、自己に子供がないところから、実子同様に養育して来たり、農業の手伝をさせていたことが明らかであつて、所論のように、ワカエが牛馬のごとく酷使されており、このきづなを絶つため、被告人の力を借らうとしたものである状況は、これを窺うに足りる資料は記録上存しないので、キワがワカエに対し、事実上の監護権を有することを認めるに充分であるからである。

そして、原裁判所において取り調べた久和ワカエこと劉順伊の告訴取消書及び同人の司法警察員に対する供述調書により、被害者である右ワカエから昭和三十年四月二十九日厳原警察署豆酘村浅藻巡査駐在所に対し、本件犯罪について告訴した形跡が窺われ、且つ同人の検察官に対する供述調書によつても、同人が本件について、訴追を求める意思表示を為していることが明白であるばかりでなく、久和キワ名義の告発状によつて、前に説示のごとく告訴権を有する久和キワから、後述するように適法な告訴があつたことが優に認定し得られる。なるほど、所論指摘のとおり、久和キワにより告発状と題する書面が作成されており、検察官は原審第二回公判期日において、これを証拠として提出し、これにより本件誘拐の点につき告発があつたことを立証する旨述べていることは記録上明らかであるけれども、右は司法書士の法律解釈からして告発状の名称を以て作成され且つ検察官もそのまゝ告発の語句を使用したに止まるものであつて、それが捜査機関に対して、被告人の本件誘拐の犯罪事実を申告し、その訴追を求める意思表示を内容としていることは一見明瞭であり、検察官も親告罪たる本件誘拐罪の公訴提起について、訴訟条件を具備していることを明確にする意図から、これを提出したものに外ならぬことは容易に首肯し得られるところであるから、右のごとく告発の名称を用いているからというて、その実質は親告罪たる本件誘拐の犯罪事実に対する告訴と認めるに毫も支障はなく、従つてその公訴提起の条件たる適法な告訴があつたものといわざるを得ない。

而して原審が右と同趣旨に出で、判示誘拐の事実について審理裁判をなしたものであることは疑を容れる余地は存しないので原判決には所論のような違法はない。

論旨は採用の限りでない。

同控訴趣意中(二)事実誤認の点について、

(一、判示第二の誘拐の点)

しかし、原判決に挙示の関係証拠に徴すると、被告人が判示久和ワカエに対し、長戸好恵をして判示のごとく申向けしめて誘惑し、被告人方に来ることを承諾させて、同女を連行したことを認め得られないことはなく、少くとも、甘言により右ワカエをして、被告人方に来れば、着物も着せて貰え、貯金もできて、良い働き口であるごとく思い込ましめ、その判断を誤らしめたのみでなく、監督者である久和キワに無断で、その意思に反し、ワカエをその保護されている生活環境から離脱せしめて被告人の事実的支配内に移したことを肯認するに充分であり、右認定を妨げる資料は記録上見当らない。しかも、前点に説示のように、未成年者誘拐罪においては、監督者の監護権も同罪の保護客体であることからして、被監督者の利益保護の見地における監督者の意思に反して、未成年者を拐引する行為は、たとえ、未成年者の同意があつても、その同意は該行為の違法性を阻却するものでないと解すべきであるから、仮りにワカエの判断を誤らしめた甘言の内容が判示のごときものでなかつたとしても、このことは本件誘拐罪の成否に消長を来たすものでないことは自ら明白であり、ひつきよう判示事実の認定を否定すべき事由を見出すことはできない。

(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

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